「心の声」

もし、「5歳の頃」にタイムスリップできるなら…。

あなたは、子供の頃の自分に

どんな言葉をかけたいですか?

僕には、どうしても掛けてあげたい「言葉」があります。

唐揚げを弟にあげちゃう兄。

 僕は、弟が唐揚げ食べたいと言っていると

いいよ。とあげちゃう兄でした。(本当は、自分も食べたかったw)

そんな、周りの機嫌を気にして生きていて、何とも

自分が何が好きなものとか、やりたい事ってピンとこないような

そんな幼少期を過ごします。

男の子は、スポーツをやるべし。

まだまだ我が家でもそんな風潮が残っていて、

母からは「男の子だから、何かスポーツやりなさい!」と言われ

3,000円を賄賂でもらったのを鮮明に覚えていますw

まんまとお小遣いに乗せられ、野球を始めます。

そんなに、やりたいという感じはなく

むしろ「なんで、土日までこんなに厳しい練習しなきゃいけないんだ…」

というか、「勝ち負けのために、何でこんなに怒られなきゃいけないんだ…」

と、当時からちょっと穿った目線で物事を見ていた氣がしますw

でも、そんなこと誰にも言えず

「世の中、そんなもんだ」と大人びた諦めムードで

無気力な少年時代を過ごします。

コーラ投げつけ事件。

青年になった僕は、

安定した職の理学療法士の大学に入り、

「きつい仕事したくない」と言う本音を隠しながら

逃げ込むように大学院に進学します。

ですが、無気力は更に拍車がかかり

ついに、事件が起きます。

銭湯帰りの僕は、自動販売機でコーラを買いました。

ですが、それを飲む気になれず

そのまま駐車場の地面に投げつけたのです。(ごめんなさいコーラw)

勢いよく、溢れ出すコーラ。

そして、そのまま人目も気にせず駐車場に寝転がって

空を見上げました。

「ああ、俺もう限界なんだ。」

始めて、自分が「内的な心」というものを意識したのはこの時です。

そして、僕は大学院を辞めることを決意します。

ダブルパンチ。

やりたい事がわからなくなるだけでなく、

拍車をかけるように髪の毛が薄くなり、コンプレックスで悩まされます。

(書いていて、泣けてきますがw)

24歳でしたので、誰にも相談できず

増毛して隠すように生きるようになります。

(当時の写真。)

生きる希望も持てなくなり、

「もう死んでしまおうか。」と本気で考えました。

家族や周囲の期待を裏切り、もう生きている意味はないと

思ったんです。

相談しても、精神病院に行きなさいと言われるばかり。

ですが、僕の中でそれは絶対に違うと思っていました。

病院に行けば、薬で症状は和らぐかもしれない。

でも、これは「心の声」だ。

消しちゃダメだ。

そう思ったら、

「どうせ死ぬなら、自分の『幸せ』を選んでからでも遅くない。」

と僕の中で何かが変わりました。

僕は今まで、

誰かを喜ばすこと、期待に応えること、

そんな「他人の声」ばかり考えていて、

『心の声』を無視していたことに始めて知りました。

ここから「よし!自分の幸せを選ぼう」と決意します。

謎のおばちゃん登場。

 ですが、『幸せ』を選ぼうと思っても

今まで幸せがどんな感覚かわからなかったので選べるはずもありませんでした。

そんな時、務めていた職場の患者さん(通称:謎のおばちゃん)に

「あなたにピッタリな人がいるから紹介するわ。」と

勧められたのです。

僕は、嬉しく思い誘いを受けます。

ですが、会ってみるとビックリするくらい合わなかったのですw

今までの恋愛経験からも、「リアルでは会えないな。」と悟り

マッチングアプリにチャレンジします。

そして、とにかく「素でいれる相手」を意識し続けた結果

コンプレックスすら話せるパートナーと巡り会うことができ、

徐々にですが、人生が好転していくのを実感しました。

仕事 or パートナー

 その後、パートナーが度重なるストレスで仕事を続けられなくなり、

悩みました。

今の仕事を続けるか、仕事を辞め彼女の側で一緒暮らすか。

そんな選択を迫られたんです。

でも心の声は決まっていました。

「彼女の側にいたい。」

ですが、何でこのタイミングで…というように僕に揺さぶりを掛けることが起こります。

リーダーへの昇進。給料アップ。

「あなたをリーダーとして中心にして、更にこの職場を盛り上げていきたい。」

仕事を辞めて、彼女の側にいくと決めた矢先でした。

もちろん、給料もかなりアップします。

正直ちょっと揺れましたw

いきなり、「昔の自分」への引き戻しをモロに受けました。

でも、死ぬくらいなら、『幸せ』を選ぶと決めたんだと冷静になり

(冷静かは謎w)

その事を、素直に経営者に伝えると

「恋人ために、仕事を辞めるなんておかしい。」

「残りなさい。その方が賢明だ。」

誰に相談しても、同じことを言われました。

でも、自分の氣持ちに嘘はつけなかったのです。

僕は、「謎のおばちゃん」に思い切ってその事を話すことにしました。

「答え」は決まってるんでしょ?

 おばちゃんは、僕にそう言いました。

「うん。決まってる。」

「なら、そうしなさい。」とニッコリ微笑んで答えてくれました。

僕は、経営者に

「恋人のためではなく、自分のためにここを去ること。」

そして、今までの感謝を手紙にしました。

そして、僕はパートナーと暮らし

『信頼』という掛けがえのない時間を手に入れました。

田舎の古民家ライフ。

 その後も、僕は自分の中にある『心の声』に従い続けました。

継がなければならない実家を後にして、

自分たちの「ライフスタイル」を貫きました。

電柱一つ見えない青空。

丁度いい広さの古民家。

暖かい地域の人たち。

そんな、引っ越しを決めると思わぬ「宝物」が手に入ったんです。

それは

3年間、恵まれなかった「子ども」を授かったのです。

5時間しか働かない。

 もっと家族の時間を楽しみたい。

そう思った僕は、5時間しか働かないと決めました。

そのためには、とにかく「収入より支出」を減らす必要がありました。

自分たちにとって、幸せなものにはお金をかけ、

「う〜ん。」なものには払わないと決めました。

その中で、まさかの「う〜ん。」だったのが

車です。

田舎では、車がないと生活できないと誰しもが口を揃えて言っていましたが

僕らにとっては、それほどでもないと感じていました。

思い切って、チャリンコ生活をはじます。

始めてみると、

風を切る心地よさ。

ガソリンの心配もしない自由。

欲しいものは、無料配送で手に入るありがたい時代。

電車でどこへでも行ける。

まるで、幼少期に戻ったかのような感覚でした。

理学療法士も辞め、大好きな自然の中の

旅館で働くことにしました。

1日5時間の仕事を実現させることで、

家族との今しかない「思い出」と

目覚まし時計をつけないで、「鳥の声」で起きる生活を手に入れました。

伝えたかった「言葉」

  今では、歩いて10分の山に家族でピクニックに行ったり

焼き芋を焼いたり、草原で恐竜のフィギュアで遊んだり。

そんな毎日が僕にとって堪らなく幸せなんです。

今では息子にこう言っています。

「やりたいと思った事を、やるんだよ。」

次章「冒険は終わらない。」

僕の冒険には続きがあります。

人生の教訓から得た

「心の声で生きる」を”実践”で伝え

たくさんの方の、やりたい事が「やれた瞬間」を喜び分かち合い

両手を突き上げ、ガッツポーズすることですw

・人生を180°楽しくしたい

・自分を変えたい

・自分が何者か知りたい

そんな皆さんと絡んで行けたらと思っています。

もし、質問や感想あればEmailください。

120%お返事いたします。

notch0901@gmail.com

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